東京高等裁判所 平成9年(行ケ)186号 判決 1999年3月30日
兵庫県神戸市中央区東川崎町三丁目1番1号
原告
川崎重工業株式会社
代表者代表取締役
亀井俊郎
訴訟代理人弁理士
角田嘉宏
同
高石郷
同
古川安航
同
岡憲吾
同
阪本英男
同
西谷俊男
大阪府大阪市西区京町堀一丁目15番10号
被告
東洋運搬機株式会社
代表者代表取締役
平子勝
訴訟代理人弁護士
溝上哲也
主文
特許庁が平成7年審判第19038号事件について平成9年6月20日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第1 原告が求める裁判
主文と同旨の判決
第2 原告の主張
1 特許庁における手続の経緯
被告は、発明の名称を「トラクターシヨベルの作業時迅速変速装置」とする特許第1846491号発明(以下「本件発明」という。)の特許権者である。なお、本件発明の特許は、昭和58年1月12日にされた実用新案登録出願(昭和58年実用新案登録願第2941号)を、平成元年9月14日に特許出願に変更した平成1年特許願第239387号に係るものであって、平成3年4月26日の出願公告(平成3年特許出願公告第30024号)を経て、平成6年6月7日に特許権設定の登録がされたものである。なお、被告は、平成6年6月20日に本件発明の願書添付の明細書を訂正することについて審判請求をし、特許庁は、これを平成6年審判第10233号事件として審理した結果、同年10月18日に同訂正を認める旨の審決をした。
原告は、平成7年9月4日に本件発明の特許を無効にすることについて審判を請求した。特許庁は、これを平7年審判第19038号事件として審理した結果、平成9年6月20日に「本件審判請求は、成り立たない。」との審決をし、同年7月3日にその謄本を原告に送達した。
2 本件発明の特許請求の範囲(別紙図面A参照)
車速を制御する変速機の手動切替が複数の流体圧クラッチの断続により行われ、各流体圧クラッチをそれぞれ単独に作動する複数の電磁弁が設けられたトラクターシヨベルにおいて、前記各電磁弁への通電を制御する変速スイツチ群が設けられるとともに、そのスイツチ群のうちの前進スイツチおよび2速スイツチの動作状態で2速用電磁弁への通電を即座に断ち1速用電磁弁へ即座に通電するように切替える切替スイツチがシヨベル操作用コントロールレバーの握り部に付設され、また前記前進スイツチ、2速スイツチおよび切替スイツチの動作状態で後進スイツチを投入すると1速用電磁弁への通電を即座に断ち2速用電磁弁へ即座に通電するように前記前進スイツチおよび後進スイツチに切替えられる連動手段が設けられたことを特徴とするトラクターショベルの作業時迅速変速装置。
3 審決の理由
別紙審決書の理由写しのとおり(ただし、9頁1行の「理由Ⅲ」を「理由Ⅰ」に改める。)
4 審決の取消事由
本件審判手続には、被告(審判被請求人)の主張立証に対する反論の機会を原告(審判請求人)に与えなかった違法がある。
のみならず、審決は、英国特許第2085535号公開公報(以下「引用例」という。)の技術内容を誤累して、相違点の判断を誤った結果、原告の特許無効審判請求を退けたものであって、違法であるから、敢り消されるべきである。
(1)審判手続の違法
審決が、被告が審判手続において提出した審判答弁書及びそれに添付されている証拠に基づいてされたことは明らかであるが、審判答弁書及びそれに添付されている証拠は、審決と同時に原告に送達されたものである。したがって、審決は、審判答弁書及びそれに添付されている証拠に対する反論の機会を原告に全く与えることなくされたものであって、違法である。
(2)相違点の判断の誤り
a 相違点<2>の判断の誤り
審決は、本件発明の要件であるスイツチ群が変速機の手動切替を行うためのものであるのに対して、引用例記載の制御システムは変速機の切替のためのスイツチ群が不要であることを論拠として、スイツチ群のうちの切替スイツチをシヨベル操作用コントロールレバーの握り部に付設することは、当業者であっも、引用例記載の発明から容易に想到できた事項ではない旨判断している。
しかしながら、引用例には、審決認定の(ヘ)の記載に加えて、「例えばハンドルの近くに設けた選択レバー12の形の強制シフトダウン信号指示器11」(1頁126行ないし2頁1行)と記載されている。すなわち、引用例記載の制御システムは、強制シフトダウンを手動で行うことも予定していると解すべきであるから、審決説示の上記論拠は失当である(判決注・引用例には「d0mn-Shift」の語が使用されているが、日本国内においては「シフトダウン」の語が一般的と考えられるので、これを使用する。)。
そして、例えば昭和46年特許出願公告第36731号公報には、シヨベル操作用レバーに、車両の前進・後進を切り替える手動装置を装着することが記載されている。したがって、相違点<2>に係る本件発明の構成は単なる設計事項にすぎないから、相違点<2>に関する審決の判断は誤りである。
b 相違点<3>の判断の誤り
審決は、引用例の(チ)及び(リ)の記載を論拠として、引用例記載の制御システムは、強制シフトダウンにより1速で前進中に後進に切り替えても、意図的に設定されている待ち時間の後に後進2速に切り替わるものであると認定したうえ、この構成は、1速用電磁弁への通電を即座に断ち2速用電磁弁へ即座に通電するように前進スイツチと後進スイツチとを切り替える本件発明の連動手段とは明らかに異なる旨判断している。
しかしながら、引用例記載の技術内容に関する審決の上記認定は、明らかに誤りである。
すなわち、審決は、引用例の(チ)の記載を論拠として、引用例記載の制御システムは「強制シフトダウンにより1速で走行中に、逆方向に切り替えても、速度が0にならないと2速にならないものであって、(中略)意図的な待ち時間を組み入れたもの」と認定している。
しかしながら、引用例の(チ)の記載は、通常走行時において走行方向を逆転する場合のギアシフトに関するものである。そして、引用例には、強制シフトダウンにより1速で前進中に後進に切り替える場合のギアシフトに関して、「方向指令値信号が反対方向を指示するように切り替えられると、逆転信号を逆転ギア制御手段に送って逆転ギアに切り替えると同時に、駆動ギア制御手段にも逆転信号を送って強制シフトダウン機能を禁止し、次段の最低段の駆動ギアに係合する。」(3頁125行ないし4頁4行。審決認定の(ト)の記載は、上記のように翻訳されるべきである。)と記載されており、かつ、上記の「同時に」は「即座に」の意味であるから、引用例記載の制御システムは「強制シフトダウンにより1速で走行中に、逆方向に切り替えても、速度が0にならないと2速にならない」とする審決の上記認定は誤りである。
この点について、被告は、引用例に記載されているのは逆転信号を逆転ギア制御手段と駆動ギア制御手段の双方へ同時に送ることであって、コンピュータの演算時間の遅れを考えれば、逆転ギアの切替えと強制シフトダウン機能の禁止は即座に行われるわけではない旨主張する。
しかしながら、当業者ならば、逆転信号が逆転ギア制御手段に送られれば、即座に逆転ギアの切替えが行われ、同時に、逆転信号が駆動ギア制御手段へ送られれば、即座に強制シフトダウン機能の禁止が行われると解するから、被告の上記主張は失当である。
また、審決は、引用例の(リ)の記載における「a time circuit(not shown here),in the drive gear control means 2 for example」(3頁56行ないし58行)を、「例えば駆動ギア制御手段にある、タイマ回路」のように解し、引用例記載の制御システムにおいてはタイマ回路が不可欠の要件であることを前提として、同制御システムは「1速後所定の時間の待ち時間後でないと2速にならないものであって、(中略)意図的な待ち時間を組み入れたもの」と認定している。
しかしながら、引用例の(リ)の記載における上記部分は、「例えば、駆動ギア手段にタイマ回路がある場合」の意味と解すべきであって、引用例記載の制御システムにおいてタイマ回路は不可欠の要件ではない(仮にタイマ回路がある場合であっても、同回路は、強制シフトダウンが禁止されたときは作動しないものと解すべきである。)。したがって、引用例記載の制御システムが、常に「1速後所定の時間の待ち時間後でないと2速にならない」とする審決の上記認定も誤りである。
このように、審決は、引用例記載の技術内容の認定を誤っているから、これを前提として、相違点<3>の構成を含む本件発明は新規性及び進歩性を有するとした審決の判断は、当然に誤りである。
第3 被告の主張
原告の主張1ないし3は認めるが、4(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は、正当であって、これを取り消すべき理由はない。
1 審判手続について
原告は、審決は審判答弁書及びそれに添付されている証拠に対する反論の機会を原告に全く与えることなくされたものである旨主張する。
しかしながら、特許法には、審判被請求人の主張立証に対する反論の機会を審判請求人に与えるべきことは規定されておらず、この点は審判合議体の裁量に任されていると解されるから、原告の上記主張は失当である。
2 相違点の判断について
(1)相違点<2>の判断について
原告は、相違点<2>に係る本件発明の構成は単なる設計事項である旨主張する。
しかしながら、原告が上記主張の論拠とする引用例あるいは昭和46年特許出願公告第36731号公報には、本件発明の要件である切替スイツチのような作用を行うスイツチと、ショベル操作用コントロールレバーの位置関係は記載も示唆もされていないから、原告の上記主張は失当である。
(2)相違点<3>の判断について
a 原告は、審決認定の(ト)の記載は、「方向指令値信号が反対方向を指示するように切り替えられると、逆転信号を逆転ギア制御手段に送って逆転ギアに切り替えると同時に、駆動ギア制御手段にも逆転信号を送って強制シフトダウン機能を禁止し、次段の最低段の駆動ギアに切り替える」と翻訳されるべきである旨主張する。
しかしながら、引用例の当該部分は、「方向指令値信号が反対方向を指示するように切り替えられると、逆転信号が、逆転ギアに切り替えるために(means for changing over the rever sing gear)逆転ギア制御手段に送られると同時に、強制シフトダウン機能を禁止し、次段の最低段の駆動ギアに係合するために(means for inhibiting the forced downshift function and engaging the next lowest drive gear)駆動ギア制御手段にも送られる」と訳されるべきである。要するに、引用例に記載されているのは、逆転信号を逆転ギア制御手段と駆動ギア制御手段の双方へ同時に送ることであって、コンピュータの演算時間の遅れを考えれば、逆転ギアの切替えと強制シフトダウン機能の禁止は即座に行われるわけではない。
b また、原告は、引用例の(リ)の記載に関して、引用例記載の制御システムにおいてタイマ回路は不可欠の要件ではない旨主張する。
しかしながら、(リ)の記載における「a time circuit(not shown here),in the drive gear control means 2 for example」(3頁56行ないし58行)の記載を、審決のように「例えば、駆動ギア制御手段2にタイマ回路がある場合」と翻訳するのは不正確であって、「例えば駆動ギア制御手段2にある、タイマ回路」と翻訳すべきである。すなわち、タイマ回路は、自動的な速度制御システムにおいて、シフトダウン直後に1速と2速との間の頻繁な変速(チャタリング)が生ずるのを防止するために不可欠のものである。なお、原告は、仮にタイマ回路がある場合であっても、同回路は、強制シフトダウンが禁止されたときは作動しないものと解すべきである旨主張するが、根拠がない。
c そして、引用例の(チ)及び(リ)記載の技術内容は、強制シフトダウンにより1速で前進中に後進に切り替える場合にも妥当するものであるから、引用例記載の制御システムは、1速で前進中に後進に切り替えても、意図的に設定されている待ち時間の後に後進2速に切り替わるものであるとした審決の認定に誤りはない。
理由
第1 原告の主張1(特許庁における手続の経緯)、2(本件発明の特許請求の範囲)及び3(審決の理由)は、被告も認めるところである。
第2 乙第1号証(訂正明細書)によれば、本件発明の概要は次のとおりと認められる(別紙図面A参照)。
1 技術的課題(目的)
本件発明は、トラクターシヨベル作業時の迅速変速装置に関するものである(1頁17行)。
従来のトラクターシヨベルは、別紙図面Aの第3図に図示されているように、車体1の後部に設けた機関2の駆動力を伝達する変速機3を車体1の下部中央に設け、この変速機3を制御するコントロールレバー4は、シヨベル操作用コントロールレバー5とは離れた位置に設置したものであった(1頁19行ないし23行)。
ところで、トラクターシヨベルは、土砂に突っ込む直前までは2速で前進し、突っ込む直前に(大きな突込み力を得るため)2速から1速にシフトダウンすると同時に、ショベル操作用コントロールレバー5を操作しなければならない。また、後進時にも、1速から2速にシフトアップする必要がある。しかしながら、これらの操作は複雑であって、熟練を要するという問題点がある(1頁25行ないし29行)。
本件発明は、従来技術の上記問題点を解決して、前進突込み時は、シフトダウンしながらショベル操作用コントロールレバーを操作することを可能にするとともに、土砂をすくい込んだ後の後進時は、後進スイツチをオンにするだけでシフトァップするようにして、簡単に運転操作できるトラクターシヨベルの変速装置を提供することである(2頁1行ないし4行)。
2 構成
上記の目的を達成するために、本件発明は、その特許請求の範囲記載の構成を採用したものである(1頁5行ないし14行)。
3 作用効果
本件発明の構成によれば、前進スイツチ及び2速スイツチをオンにすれば、トラクターは2速で土砂に向ふって前進するが、その後、シヨベル操作用、コントロールレバーを握りながら切替スイツチを押せば、車速は2速から1速にシフトダウンする(2頁18行ないし22行)。すなわち、運転者は、シヨベル操作用コントロールレバーを握っている一方の手で、同レバーに付設されている切替スイツチをオンにするだけで、前進2速から即座に前進1速にシフトダウンすることができる(4頁1行ないし4行)。
また、土砂をすくい終えてトラクターを後進させるときは、後進スイツチをオンにするだけで、車速は2速にシフトアップする(2頁23行ないし25行)。すなわち、ショベル操作が終了したときは、他方の手で後進スイツチをオンにするだけで、即座に後進2速にシフトアップすることができる。
このように、本件発明は、運転者の熟練度に関係なく、簡単な操作で、迅速に必要なギアシフトを可能にするものである(4頁4行ないし8行)。
第3 そこで、原告主張の審決取消事由の当否について検討する(なお、原告は、審判手続の違法を主張しているが、審決において本件発明の新規性ないし進歩性の有無が判断され、本件訴訟においてもこの判断の当否が争われているので、まず、この点を検討する。)。
1 相違点<2>の判断について
審決は、スイツチ群のうちの切替スイツチをショベル操作用コントロールレバーの握り部に付設することは、引用例記載の発明から容易に想到できた事項ではない旨判断している。審決の上記判断は、引用例記載の制御システムは手動切替のためのスイツチ群が不要であることを論拠とするものである。
しかしながら、甲第2号証の2によれば、引用例には、
a 「車両の速度が2速ギアの作動範囲であることを条件として、駆動ギア制御手段(2)へ強制シフトダウン信号を送信する選択レバー(12)のマニュアル操作により、1速ギアに繋ぐことができる。」(1枚目右欄15行ないし21行)
b 「強制シフトダウン信号送信器は、(中略)オペレータのマニュアル操作に基づいて、直ちに強制シフトダウン信号を発生させる。」(1頁42行ないし46行、3頁116行ないし120行)
c 「1速ギアは、基本的に(中略)自動制御によってシフトダウン信号がギアボックスに送られるよりも、オペレータの操作によるシフトダウン操作の方が迅速に行うことができる。」(1頁67行ないし71行)と記載されていることが認められる(別紙図面B参照)。
そうすると、引用例記載の制システムにおいては、前進2速から前進1速へのシフトダウンは手動で行うことも予定されているといえるから、審決の上記論拠は理由がないといわざるをえない。
そして、甲第2号証の2によれば、引用例には、
d 「ホイールローダのような車両の実用的な配置は、ハンドルの近くに、多機能制御器としての方向選択制御器と強制シフトダウン信号器を配置することである。そうすれば、オペレータは、片手でハンドルと(中略)強制シフトダウン信号器を操作することができる。」(1頁78行ないし84行)
e 「例えばハンドルの近くに設けた選択レバー12の形の強制シフトダウン信号指示器11」(1頁126行ないし2頁1行)と記載されていることが認められる。
一方、甲第2号証の3によれば、昭和46年特許出願公告第36731号公報には、産業用車両用後退機構において、「動力装置を付勢する付勢装置」の「作動を行うための手動装置」を、「積込部材の運動を制御するためのレバー」に装着することが記載されていると認められる(6欄29行ないし33行。別紙図面C参照)。
そうすると、引用例記載の制御システムにおいて、「ハンドルの近くに」(あるいは、「ハンドルの隣りに」)配置されている強制シフトダウン信号器を、シヨベル操作用コントロールレバーの握り部に付設する程度のことは、当業者ならば容易になしえた設計変更にすぎないというべきである。
したがって、相違点<2>に関する審決の判断は、誤りである。
2 相違点<3>の判断について
審決は、引用例記載の制御システムは、強制シフトダウンにより1速で前進中に後進に切り替えても、意図的に設定されている待ち時間の後に後進2速に切り替わるものであると認定したうえ、この構成は、1速用電磁弁への通電を即座に断ち2速用電磁弁へ即座に通電するように前進スイツチと後進スイツチとを切り替える本件発明の連動手段とは明らかに異なる旨判断している。引用例記載の技術内容に関する審決の上記判断は、引用例の(チ)及び(リ)の記載を論拠とするものである。
この点について、原告は、(チ)及び(リ)の記載は強制シフトダウンにより1速で前進中に後進に切り替える場合のギアシフトに関するものではない旨主張するので、以下検討する。
(1)引用例の(チ)の記載の技術内容
甲第2号証の2によれば、引用例の(チ)の記載は、次のようなものであることが認められる。
「運転者は、走行方向を変更したいときは選択レバー12を動かす。(中略)第1比較器19は直ちに、逆転信号を、(ライン20、21を経由して)駆動ギア制御手段2と逆転ギア制御手段5の双方へ送る。4速ギアが係合されている状態ならば、駆動ギア制御手段2は、3速ギアへのシフトダウンを行う。また、逆転ギア制御手段5は、第2比較器26からの実行信号が受信されておれば(すなわち、車両の速度が25km未満であれば)、逆転ギアへのギアチェンジを行う。もし上記のような状態でなければ、逆転ギアへのギアチェンジを行わないまま、速度が25km未満になるまで、3速ギアでの減速のみが行われる。(中略)4速ギアから3速ギアへのシフトダウンは、4速ギアで長時間減速することによって生ずる、トルクコンバータの加熱を防止するためであって、25km未満の速度においてのみ逆転ギアへのギアチェンジを行うことが、トルクコンバータの加熱を防止するのである。このような減速が行われている間、逆転信号はライン20に保持されているので、駆動ギア制御手段2も、駆動ギアの係合状態をそのまま保持している。すなわち、運転者が逆転信号を発したとき、もし3速ギアあるいは2速ギアが係合しているならば、減速が行われている間は、3速ギアあるいは2速ギアそれぞれの係合状態が保持されるのである。そして、速度が0まで落ちると、(中略)第3比較器29が、駆動ギア制御手段2に対し(ライン30を経由して)スタート信号を送る結果、新たな走行方向(逆転方向)へのスタート手順として、2速ギアが係合されるのである。」(2頁121行ないし3頁33行)。
このように、引用例の(チ)の記載においては、4速で走行中に逆転信号が発せられた場合のギアシフト、及び、3速又は2速で走行中に逆転信号が発せられた場合のギアシフトが述べられているのであって、強制シフトダウンにより1速で走行中に後進に切り替える場合のギアシフトについては何ら述べられていないことが明らかである。
(2)引用例の(リ)記載の技術内容
甲第2号証の2によれば、引用例の(リ)の記載は、次のようなものであることが認められる。「このような方法で1速ギアへのシフトダウンが行われた後、タイマ回路(図示しない。例えば、駆動ギア制御手駐2中のもの)は、2速ギアへの自動的なシフトァップが、所定の時間(例えば、5秒)以内には生じないような処理を行う。」(3頁55行ないし60行)
しかしながら、甲第2号証の2によれば、引用例の上記(リ)の記載は、引用例の3頁43行から始まるパラグラフの後半であって、同パラグラフの前半は、「オペレータが、例えば、バケットを充填するために大きな馬力を得ようとして、1速ギアに係合したいときは、選択レバー12によって強制シフトダウン信号表示器11を作動させる。そうすると、強制シフトダウン信号が(ライン37を経由して)駆動ギア制御手段2へ送られ、駆動ギア制御手段2は(ライン40に実行信号が送られていること、すなわち、車両の速度が2速ギアの作動範囲にあることを条件として)1速ギアへのシフトダウンを行う。もし車両の速度が速すぎるときは、1速ギアへのシフトダウンが行われる前に、(2速ギアの)上限速度未満までの減速が行われなければならない。」(3頁43行ないし55行)というものであることが認められる。
そうすると、引用例の上記(リ)の記載が、強制シフトダウンにより1速で前進中、前進2速への自動的なシフトァップを遅延させるための説明であることに疑問の余地はなく、同記載にも、強制シフトダウンにより1速で前進中に走行方向を逆転する場合のギアシフトは何ら述べられていないことが明らかである。
(3)一方、甲第2号証の2によれば、引用例の(ト)には、被告主張のとおり、次のような記載があることが認められる。「方向指令値信号が反対方向を指示するように切り替えられると、逆転信号が、逆転ギアに切り替えるために逆転ギア制御手段に送られると同時に、強制シフトダウン機能を禁止し、次段の最低段の駆動ギアに係合するために駆動ギア制御手段にも送られる。」(1頁51行ないし58行)
そして、甲第2号証の2によれば、上記(ト)の記載は、審決認定の引用例の(ホ)の記載、すなわち、「強制シフトダウン信号は、(中略)駆動ギア制御手段を、最低速ギア(1速ギア)に係合するようにする。」(1頁46行ないし48行)を受けるものであって、強制シフトダウンにより1速で前進中に走行方向を逆転する場合のギアシフトに関するものであることに疑問の余地はない。
そうすると、引用例には、拍違点<3>に係る本件発明の構成と同一ではないが、これを強く示唆する記載が存在するというべきである。これに対して、(チ)及び(リ)の記載は、前記のとおり、強制シフトダウンにより1速で前進中に後進に切り替える場合のギアシフトとは関わりのないものであるから、引用例記載の技術内容を「強制シフトダウンにより1速で走行中に、逆方向に切り替えても、速度が0ならないと2速にならないものであって、さらには、1速後所定の時間の待ち時間後でないと2速にならないものであっで、いずれの場合も、意図的な待ち時間を組み入れたもの」と認定し、これを前提としてされた相違点<3>に関する審決の判断は誤っているといわざるをえない。
この点について、被告は、引用例に記載されているのは、逆転信号を逆転ギア制御手段と駆動ギア制御手段の双方へ同時に送ることであって、コンピュータの演算時間の遅れを考えれば、逆転ギアの切替えと強制シフトダウン機能の禁止は即座に行われるわけではない旨主張する。
しかしながら、逆転信号の伝達は極めて簡単なロジックであって、コンピュータが瞬時に処理できるものと考えられるから、相違点<3>に係る構成において、本件発明と引用例記載の発明との間に有意の差異は存在しないというべきである。
3 以上のとおりであるから、相違点<2>及び<3>に係る審決の認定判断は誤りであり、この誤りが、本件発明の特許を無効にすることについてされた原告の審判請求を退けた審決の結論に影響することは当然である。よって、審決は、違法なものとして、取消しを免れない。
第4 よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は、審判手続の適否について検討するまでもなく、正当であるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。(口頭弁論終結日 平成11年3月16日)
(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 春日民雄 裁判官 宍戸充)
別紙図面A
<省略>
第1図は、本発明実施例の作業時迅速変速装置を示す電気回路図、第2図は、本発明実施例に係る切替スイツチを示す断面図、第3図は、従来の変速装置を有するトラクターシヨベルの側面図である。
5:シヨベル操作用コントロールレバー、6:電磁弁、7:変速スイツチ群、8:第2速スイツチ、9:切替スイツチ、10:握り部、11:後進スイツチ、12:前進スイツチ、12a:連動スイツチ、13:1速スイツチ、A:連動機構、16:リレー。
別紙図面B
<省略>
別紙図面C
<省略>
理由 <7-19038>
1. 手続の経緯
本件特許第1846491号の発明(以下、「不件特許発明」という。)は、出願日が昭和58年1月12日である実願昭58-2941号を平成1年9月14日に特許出願に変更したものであって、平成3年4月26日に特公平3-30024号として出願公告された後、平成4年3月10日付けの手続補正書で補正され、平成5年9月16日に設定登録されたものであり、その後訂正明細書のとおり訂正することを求めた審判請求(平成6年審判第10233号)を認める審決がなされた。
2. 請求人の主張
請求人の主張の概要は、次の理由Ⅰ乃至理Ⅲに大別される。
(1)理由Ⅰ
本件特許発明は、甲第1号証に記載された発明と実質的に同一であり、少なくとも甲第1号証と甲第2号証乃至甲第5号証に記載される周知技術から当業者が容易に発明できたものであって、特許法第29条第1項第3号の規定、あるいは同法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許は、特許法第123条第1項第1号の規定により無効とされるべきである。
(2)理由Ⅱ
本件特許は、特許法第126条第3項(平成7年7月1日以前の特許法)の規定に違反して訂正が行われており、よって特許法第123条の規定により無効とすべきものである。
(3)理由Ⅲ
本件特許は、後進スイッチを投入すると、どのような構成がどのように動作して、一速用電磁弁への通電を即座に通電することができ、又、前進スイッチおよび後進スイッチに切替えられるのか、「連動手段」と「切替スイッチ」の制御的(あるいは電気的)な接続関係と、各「連動手段」と「切替スイッチ」の構成が不明瞭であるから、特許法第36条第5項(平成7年7月1日以前の特許法)の規定に違反し、特許法123条第1項第3号の規定により無効とされるべきである。
<証拠方法>
甲第1号証 :英国特許公開第2085535A号公報及び翻訳文
甲第2号証 :特公昭46-36731号公報
甲第3号証 :特開昭56-16738号公報
甲第4号証 :実公昭51-47701号公報
甲第5号証 :特開昭51-74163号公報
甲第6号証の1:東洋運搬機(株)の特公平1-29727号(出願人:小松製作所(株))に対する異議申立理由補充書
甲第6号証の2:東洋運搬機(株)の特公平1-29727号(出願人:小松製作所(株))に対する異議申立事件における上中書
参考資料1 :変速のフローチャートの比較表
参考資料2 :ブロック図の比較表
3. 理由Ⅲに関する当審の判断
請求人は、本件特許の明細書の不備について主張しているので、本件特許発明の要旨の認定が不可欠な理由Ⅰの判断に先立ち、理由Ⅲ及び理由Ⅱに関する判断を行う。
特許請求の範囲における「二速スイッチの動作状態で二速用電磁弁への通電を即座に断ち一速用電磁弁へ即座に通電するよう切替える切替スイッチ」という記載は、該「切替スイッチ」の操作により、発明の詳細な説明に記載されているような回路等によって「二速スイッチの動作状態で二速用電磁弁への通電を即座に断ち一速用電磁弁へ即座に通電するよう切替える」機能を有するものであることを特定するものと解することができ、このような機能を達成することができる回路、リレーやスイッチ等の実施の態様が発明の詳細な説明に記載されていて、且つ、特許請求の範囲と発明の詳細な説明に記載された用語の対応関係が不明瞭なものでもないので、この記載を不明瞭な記載とすることはできない。
また、「前進スイッチ、一速スイッチ及び切替スイッチの動作状態で後進スイッチを投入すると一速用電磁弁への通電を即座に断ち二速電磁弁へ即座に通電するように前記前進スイッチおよび後進スイッチに切替えられる連動手段」という表現は、この表現自体から、「連動手段」が「前進スイッチ、一速スイッチ及び切替スイッチの動作状態で後進スイッチを投入すること」と連動、すなわち、特定の関連をして、「一速用電磁弁への通電を即座に断ち二速電磁弁へ即座に通電するように前記前進スイッチおよび後進スイッチに切替える」ことができる機能を有するものと解することができるので、連動手段の関連構成が記載されていないとすることができない。
なお、請求人は、「特許請求の範囲の「前記前進スイッチおよび後進スイッチに切替えられる」とは日木語としてどのような状態を表現しそいるのか不明である。」旨主張しているが、この箇所の記載事項は、発明の詳細な説明を参酌すると、<1>「前進スイッチ、一速スイッチ及び切替スイッチの動作状態で後進スイッチを投入すると一速用電磁弁への通電を即座に断ち二速電磁弁へ即座に通電するような」「前記前進スイッチおよび後進スイッチの態様に切替えられる」、又は、<2>「前進スイッチ、一速スイッチ及び切替スイッチの動作状態で後進スイッチを投入すると一速用電磁弁への通電を即座に断ち二速電磁弁へ即座に通電するように」「前記前進スイッチおよび後進スイッチが切替えられる」を意味すると解され、且つ、これら<1>及び<2>の間に技術思想上の差異がないと解されることから、前記請求人の指摘する表現は、必ずしも適切ではないが、「連動手段」を特定する事項を明瞭に把握でき、この連動手段を当業者にとって詳細な説明及び図両に記載された事項により容易に実施できるものと認められるので、これを以て、請求人が主張するような明細書の記載に不備があるとすることができない。
しでみると、「本件特許は、明細書の特許請求の範囲に記載された「連動手段」と「切替スイッチ」の制御的(あるいは電気的)な接続関係と、各「連動手段」と「切替スイッチ」の構成が不明瞭であるから、特許法第36条第5項(平成7年7月1日以前の特許法)の親定に違反している」とすることかできない。
したがって、請求人が主張する理由Ⅲによっては、本件特許を無効とすることができない。
4. 理由Ⅱに関する当審の判断
訂正明細書のとおり訂正することを求めた審判請求は、平成6年10月18日付の審決により認められ、さらにその審決が既に確定しているので、該訂正明細書による訂正は、特許法第126条第3項(平成7年7月1日以前の特許法)の規定に違反して行われたものだとすることがでない。
したがって、請求人が主張する理由Ⅱによっては、本件特許を無効とすることができない。
5. 理由Ⅲに関する当審の判断
(1)本件特許発明の要旨
本件特許発明の要旨は、本件特許の訂正明細書及び図面の記載に格別な不備のないことが上記3.の説示のとおりであるから、同明細書及び記載からみて、特許請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。
「車速を制御する変速機の手動切替が複数の流体圧クラッチの断続により行われ、各流体圧クラッチをそれぞれ単独に作動する複数の電磁弁が設けられたトラクターショベルにおいて、前記各電磁弁への通電を制御すう変速スイッチ群が設けられるとともに、そのスイッチ群のうちの前進スイッチおよび二速スイッチの動作状態で二速用電磁弁への通電を即座に断ち一速用電磁弁へ即座に通電するように切替える切替スイッチがショベル操作用コントロールレバーの握り部に付設され、また前記前進スイッチ、二速スイッチおび切替スイッチの動作状態で後進スイッチを投人すると一速用電磁弁への通電を即座に断ち二速用電磁弁へ即座に通電するように前記前進スイッチおよび後進スイッチに切替えられる連動手段が設けられたことを特徴とするトラクターショベルの作業時迅速変速装置。」
(2)甲第1号証乃至甲第5号証の記載
甲第1号証乃至甲第5号証には、それぞれ次の事項が記載されている。
<甲第1号証>
パワートランスミッションの制御システムに関する発明が記載されていて、(イ)「この発明は、駆動用エンジンと駆動車軸との問で動力伝達装置を制御する制御システムに関し、トルクコンバータと自動ステップギアボックス(4、7)を有し、このシステムは、特に、ホイールローダのような建設車両のためのものである。」(要約中欄第14~21行)、(ロ)「この「ギヤボックス」は、駆動軸へ伝達されるトルクを変える少なくとも2つの駆動ギヤ、すなわち負荷と回転速度などのエンジンパラメーターに基づいて自動的に切り換え制御される駆動ギアと、オペレータのマニュアル操作によって作動する「方向選択制御器」により逆転制御され駆動車軸の回転方向を変更する逆転ギアとを右する。」(明細書第1頁第19~28行)及び(ハ)「2図は、ローダーのギアボックスTを制御する電気制御装置1を点線で囲んだ矩形枠で示す。この目的のために、前記制御装置は駆動ギア制御手段2を有し、この駆動ギア制御手段2は第一出力3を介してソレノイド等に接続され、ギアボックスの駆動ギアに付設したカップリング又はブレーキ4を作動させる。制御装置1はまた、逆転ギア制御手段5を有し、この逆転ギア制御手段5は、第2出力6を介してソレノイド等に接続され、そのギアボックス逆転ギアに付設したカップリング及びブレーキ7を作動させる。」(明細書第1頁第110~121行)の記載からみて、「ギアボックスが負荷等に応じて自動的に制御されるものであって、制御装置1は駆動ギア制御手段2、逆転ギア制御手段5を有し、出力3、6を介してカップリング及びブレーキ7を作働するためのソレノイドに接続さ範ている動力伝達装置を制御する制御システムを有するホイールローダーのような作業車両」が記載されていて、
そして、(ニ)「その上限速度は、二速段ギアの領域の上限と同じになるように適切に選択される。この比較器38は、車両の速度とメモリー39の上限速度とを比較し、その車両の速度がその上限速度より小さい時、比較器38はライン40により、実行信号を駆動ギア制御手段2へ送信する。」(明細書第2頁第89~96行)、(ホ)「前記「強制ダウンシフト信号送信器」は、前記「駆動ギヤ制御手段」に接続され、「強制ダウンシフト信号送信器」は、オペレータのマニュアル操作に基づいて、直ちに強制ダウンシフト信号を発生させる。この強制ダウンシフト信号が発生すると、その時点で実行信号であれば、最低の駆動ギアに係合させるように、前記「駆動ギア制御手段」は制御すう。」(明細書第1頁第42~48行)及び(ヘ)「ホイールローダのような車両の場合の実用的な配置は、ハンドルの近くに、多機能制御器として方向選択制御器と強制ダウンシフト信号器とを配置することである。」(明細書第1頁第78~81行)の記載、「ギアボックス」及び「最低の駆動ギアに係合した状態」が、それぞれ「変速機」及び「第1速」に相当することからみて、「変速機の変速段が自動的に第2速に選択されているときに、オペレーダがマニュアル操作にて強制ダウンシフト信号を発生させると、駆動ギア制御手段は第1速を作動させることができる強制ダウンシフト信号送信器が多機能制御器として車両のハンドルの近くに配置されること」が記載されていて、
また、(ト)「そして、方向指令値信号が反対方向を指示するように切り換えられると、逆転ギアに切り換えるために「逆転ギア制御手段」に逆転信号が送られると同時に、強制ダウンシフト機能を禁止し、最低段の次段の駆動ギアを噛み合わせるために「駆動ギア制御手段」に逆転信号が送られる。」(明細書第1頁第51~58行)、(チ)「ドライバーが走行方句を変更したい場合、選択レバーを12を動かす。・・・第1比較器19はここで、ライン20により駆動ギア制御手段2へ、そしてライン21により逆転ギア制御手段5へ、逆転信号を送信する。この駆動制御手段2は、四速ギアが結合されている場合、四速ギアから三速ギアへのダウンシフトをおこなわせる。逆転ギア制御手段5は実行信号が第2比較器26から受信されること・・・を条件にして、逆転ギテを係合される。もしそうでない場合、・・・逆転ギアの係合を行うことなく、三速ギアによる減速が最初に生じることになる。・・・四速ギアから三速ギアへのダウンシフトは、トルクコンバータの過熱を生じさせる四速ギアにおける長い減速状態を阻止する。・・・このように、もし、オペレータが逆指令を出した時に、三速ギア又は二速ギアはそれぞれ連続減速中、係合された状態を保つ。
速度が0に落ちると、この事は方向実際値信号もまた0となることにより、・・・この駆動ギア制御手段2は、新たな走行方向のスクート過程のために二速ギアを係合させる。」(明細書第2頁第121行~同第3頁第33行)及び(リ)「このようにして、一速ギアへのダウンシフトが行われた後、例えば、駆動ギア制御手段2にタイマ回路(図示せず)がある場合は、二速ギアへの自動シフトアップが所定の時間内、例えば5秒以内には生じないようにする。」(明細書第3頁第55~60行)の記載、「最低段の次段」が「第2速」に相当することからみて、
「方向指令値信号が反対方向を指示するように切り換えられると、逆転ギアに切り換えるために
「逆転ギア制御手段」に逆転信号が送られると同時に、強制ダウンシフト機能を禁止し、第2速にするために「駆動ギア制御手段」に逆転信号が送られるようになっていて、1速にダウンシフトが行われた後、二速への自動シフトァップが所定の時間内、例えば5秒以内には生じないようになっていて、且つ、オペレータが逆指令を出した時に、三速ギア又は二速ギアはそれぞれ連続減速中、係合された状態を保ち、速度が0に落ちると、「駆動ギア制御手段」は、新たな走行方向のスクート過程のために二速ギアを係合させるようになっているホイールローダーのような車両の変速装置。」が記載きれていると認められる。
<甲第2号証>
産業用車両用後退機構に関する発明が記載ざれていて、「ショベル及びバケットを有する形式の車両積込機に関するものである。」(明細書第1欄第25~26行)、「シリンダ18に21から導入する空気の制御には、レバー11に担持されている押ボタン25を使用する。図示する通り、レバー11はバケット4の上、下動を制御するため運転者が使用する。そのため、運転者は所望のとき押ボタンを押すと同時にバケットの制御も行うことができる。」(明細書第4欄第3~8行)及び「作動レバー9及び変速機制御弁16を後進から前進位置に動かす。」(明細書第4欄第33~34行)の記載からみて、
「運転者が所望のとき車両を後進又は前進させる押ボタンを押すと同時にショベルの制御も行うことができるようにするために、ショベルの上、下動を制御するレバー11に変速機を後進又は前進位置にする制御する押ボタン25を担持させたもの」が記載されていると認められる。
<甲第3号証>
フロントローダにおける昇降速度の調節装置に関する発明が記載されていて、「押ボタン(15b)を押下げれば端子(15a)が接点(15c)にて閉じられて・・・、電磁切替弁(19)は液路(17)とスプール(14)を絞りの無い液路にて連通させるので、・・・リフトアーム(2)(2)は速やかに上昇又は下降回動するよう構成する。」(明細書第2頁右上欄第10~19行)と記載されている。
<甲第4号証>
パワーシフト・トランスミッションの油圧作動装置に関する発明が記載されていて、電磁弁、変速段油圧クラッチを介して変速段を選定することが記載されている。
<甲第5号証>
電気-油圧式パワーシフト変速機に関する発明が記載されていて、複数ソレノイドバルブ、複数のクラッチを介して変速機を制御することが記載されている。
(3)本件特許発明と甲第1号証に記載された発明との対此・判断
本件特許発明と甲第1号証に記載された発明とを対比すると、両者は、少なくとも次の点で相違する。
<1> 本件特許発明では、車速を制御する変速機の手動切替が複数の流体圧クラッチの断続により行われるのに対し、甲第1号証に記載された発明では、変速機が負荷等に応じて自動的に制御されるものである点。
<2> 本件特許発明では、スイッチ群のうちの前進スイッチおよび二速スイッチの動作状態で二速用電磁弁への通電を即座に断ち一速用電磁弁へ即座に通電するように切替える切替スイッチがショベル操作用コントロールレバーの握り部に付設されているのに対し、甲第1号証に記載された発明では、変速機の変速段が自動的に第2速に選択されているときに、オペレータがマニュァル操作にて強制ダウン信号を発生させると、駆動ギア制御手段は第1速を作動させることができる強制ダウンシフト信号送信器が多機能制御器として車両のハンドルの近くに配置されている点。
<3> 本件特許発明では、前進スイッチ、二速スイッチおよび切替スイッチの動作状態で後進スイッチを投入すると一速用電磁弁への通電を即座に断ち二速用電磁弁へ即座に通電するように前記前進スイッチおよび後進スイッチに切替えられる連動手段が設けられているのに対し、甲第1号証に記載された発明では、方向指令値信号が反対方向を指示するように切り換えられると、逆転ギアに切り換えるために「逆転ギア制御手段」に逆転信号が送られると同時に、強制ダウンシフト機能を禁止し、第2速にするために「駆動ギア制御手段」に逆転信号が送られるようになっていて、1速にダウンシフトが行われた後、二速への自動シフトアップが所定の時間内、例えば5秒以内には生じないようになっていて、且つ、オペレータが逆指令を出した時に、三速ギア又は二速ギアはそれぞれ連続減速中、係合された状態を保ち、速度が0に落ちると、「駆動ギア制御手段」は、新たな走行方向のスタート過程のために二速ギアを係合させるようになっている点。
次いで、これらの相違点について検討する。
<相違点<1>について>
この点は、双方の発明の前提となるものの相違であって、本件特許発明では、車速を制御する変速機を手動によって切替えるための操作手段を有し、甲第1号証に記載された発明では、このような操作手段が不要であるものと解することができる。この点が他の相違点とどのように関連するかについては、それぞれの相違点の検討の中で検討することとする。
<相違点<2>について>
本件特許発明における「スイッチ群」は、このスイッチの各々を手で操作して電磁弁、流体圧クラッチを介して変速機を手動切替を行うためのものであることが明らかであり、このように変速機を手動操作するためのスイッチ群のうちの前進スイッチおよび二速スイッチの動作状態、即ち運転者の意図により二速で運転中に運転者の意図により即座に一速に切替えるとき、一速スイッチを直接手で操作することなく、二速用電磁弁への通電を即座に断ち一速用電磁弁へ即座に通電するように切替える切替スイッチを別途ショベル操作用コントロールレバーの握り部に付設することは、相違点<1>の検討で説示したように変速機の切替操作のためのスイッチ群が不要な甲第1号証に記載された発明から、当業者であっても容易に想到できるものではない。
請求人は、特公平1-29727号(特願昭63-13693号)に対する出願公告異議申立事件におけるシフトダウンスイッチに関して、異議申立人であった被請求人が行った主張を引用するとともに、「切替スイッチが操作用コントロールレバーの握り部に設けることは、走行と他の操作を必要とする作業車両にとって周知技術である」旨主張して、甲第2号証及び甲第3号証を提示しているが、本件特許発明における「切替スイッチ」が、「二速用電磁弁への通電を即座に断ち一速用電磁弁へ即座に通電するように切替えるもの」であって、さらに、相違点<3>として摘記したように他の構成と「前進スイッチ、二速スイッチおよび切替スイッチの動作状態で後進スイッチを投入すると一速用電磁弁への通電を即座に断ち二速用電磁弁へ即座に通電するように前記前進スイッチおよび後進スイッチに切替えられる」ような特定の関係を有するものであるのに対し、特公平1-29727号(特願昭63-13693号)の「シフトダウンスイッチ」と本件特許発明の「切替スイッチ」は同一でないばかりでなく、甲第2号証及び甲第3号証に記載されたものが、いずれも「後進又は前進の切り換え」、又は「リフトアームの上下動切り換え」といった単独の機能を実施するものであって、他のスイッチ等と特定な関係を有して他のスイッチ独自の機能以外の作用をするものでないから、本件特許発明における「切替スイッチ」は、請求人が周知として提示したものと明らかに相違するばかりでなく、該周知な技術事項から当業者が容易に想到できるものでもない。
<相違点<3>について>
甲第1号証に記載された発明は、変速機が自動的に制御されるものであることから、本件発明のように「前進スイッチ、二速スイッチおよび切替スイッチの動作状態で一速用電磁弁への通電」を行うものでなく、本件特計発明とでは1速を実行する具体的な構成が異なる。
また、甲第1号証には、強制シフトダウンにより1速で走行中に、逆方向に切り換えることについて、直接的に記載したところがないが、記載事項(ト)乃至(リ)を参酌すると、甲第1号証に記載された発明は、強制シフトダウンにより1速で走行中に、逆方向に切り換えるても、速度が0にならないと2速にならないものであって、さらには、1速後所定の時間の待ち時間後でないと2速にならないものであって、いずれの場合も、意図的な待ち時間を組み入れたものと解することができる。
これに対し、本件特許発明における「即座」は、実施例に示されるように意図的な待ち時間を有さないことを意味すると解されるから、本件特許発明の「前進スイッチ、二速スイッチおよび切替スイッチの動作状態で後進スイッチを投入すると一速用電磁弁への通電を即座に断ち二速用電磁弁へ即座に通電するように前記前進スイッチおよび後進スイッチに切替えられる連動手段」は、意図的な待ち時間を組み入れた甲第1号証に記載された発明のものと明らかに異なる。
なお、請求人は、甲第1号証の記載事項(ト)及びクレームの記載等を基に、「甲第1号証のものも、タイマーがかかっているか否かにかかわらず、後進スイッチを操作すれば、本件特許発明のものと同じく、必要なら即座に後進二速で後進することができる。」旨主張しているが、甲第1号証に記載された発明は、変速機を自動的に制御するものを前提とし、自動シフトダウンの時間遅れを不都合と認識し強制シフトダウンで解決することを開示しているにもかかわらず、後退時の待ち時間をなくすることを具体的に技術思想として開示していない以上、これを不都合とし、これを避けようとする動機付けがあったとは認めがたく、前記記載事項(ト)は、「逆転ギア制御手段」と「駆動ギア制御手段」の基本的な機能の一つを説明したものと解され、実際には、「逆転ギア制御手段」及び「駆動ギア制御手段」には、前記記載事項(チ)及び(リ)のような機能を有するものと解することが全体の記載からみて合理性があると認められる。
そして、本件特許発明は、これらの相違点<1>乃至<3>により、「運転者は、荷役時に常に一方の手で握っている荷役コントロールレバーの握りに付設された切替スイッチを動作するだけで、車両を前進二速で土砂に突入したときに即座に前進二速から前進一速へ切替えができ、また、約五ないし数十秒の作業で土砂すくい込を終えたときには、後進に切替るべく、他方の手で後進スイッチを投入するだけで、連動手段が働き、車両を後進の二速へ即座に切替えができ、運転者の熟練度や作業内容が変化しても、常に簡単な操作で迅速に必要な速度段へ制御できるといった効果」を奏することができるのに対し、甲第1号証乃至甲第5号証に記載された発明はこれを奏することができない。
してみると、本件特許発明は、甲第1号証に記載された発明ではないばかりか、甲第1号証乃至甲第5号証に記載された発明に基いて、当業者にとって容易に発明することができたものではないので、特許法第29条第1項第3号又は同法第29条第2項の規定により特許受けることができないものではない。
したがって、請求人が主張する理由Ⅲによっては、本件特許を無効とすることができない。